2015年03月16日

瞑眩についての覚書(1)

最近、瞑眩について改めて考える機会があったので、その時に作ったメモを基にして少し書いてみる。


瞑眩とはなにか(定義)


瞑眩の定義については、さまざまなものがあるが、私は次の三つの条件を考えると解かりやすいのではないかと思う。


@  毒が体外に排出されること

A  急激に起こり、症状が激しい

B  必ず治ってしまう


この三つの条件がそろっていることが、瞑眩の定義として適当ではないかと考える。

また、この定義から、治療後に患者に起こった現象が、瞑眩なのか、誤治なのか、ドーゼオーバーなのか、と迷うようなこともなくなる。世間では、瞑眩についての定義があやふやなために、いささか混乱が見られる。

以下に三つの条件について具体的に考察する。


@毒が体外に排出されることについて


毒とは何か


毒とは、生命活動にとって不都合な物を総称して言う。実体のあるモノである。それが実際に排出されたとき、このような物が体内にあったら具合が悪くなって当然だと思わせるようなモノ。


「毒は形ある物なり。」(吉益東洞『医事惑問』)


毒と邪気の違い


 邪気とは、体内の正常な気(正気)が変化して、生命活動にとって不都合な状態になったものを指す。毒は実体があるが、邪気には実体がない。

湯液は毒を問題とするが、鍼灸は主として気を扱う点が違う。一般的に鍼灸家は、毒と邪気を明確に区別していないために、瞑眩について誤った認識を持っていることが多い。治療によって邪気が動いて、それまでになかった症状が起こったときにも、瞑眩だとしてしまうのである。物体(毒)が体外に排出されないのは瞑眩ではないと定義すれば間違いない。

そもそも瞑眩は、江戸時代に日本の古方派の大成者、吉益東洞が初めて唱え出したことなので、湯液家以外にはなじみがなく、中医学においてはほとんど問題にされることもない。


毒はどのようにして排出されるか


毒の存在する場所によって異なる。

出やすい所から出る。

 汗吐下和の四つに大別される。


汗(表位、上焦)→発汗、発疹、衄血(鼻血)、鼻水、涙など

吐(外位・裏位、上焦・中焦)→嘔吐、吐血、げっぷ、痰など

下(内位、下焦)→大便、下血

和(外位、半表半裏)→小便


posted by maharishi at 22:44| 論文のようなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする